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ひさびさに人形劇関連イベント!

 渋谷区役所文化振興課主催講座、川本喜八郎「三国志」の世界に行って来ました~。

 渋谷区主催の講座ということで、渋谷区民優先の抽選方式だったので、神奈川県民の自分が行けるかちょいと不安だったのですが、無事当選。講師はおなじみ平井徹先生。
 インフォメーションにはありませんでしたが、人形操演もあり、とても盛りだくさんの内容でした♪





 お話し自体は、私自身にとってはもう知っている内容が多かったのですが、川本先生が亡くなられて2年、先生のことを思いだしながら、懐かしくいろいろなことを振り返ることが出来ました。また、自分が心から好きな作品について、同じように心から好きな人が語るのを聞くのは、本当に心が安らぎましたし、同時に久々に自分の基本――この人形劇三国志こそが、私その後の人生の多くを決定した思い出の作品なのです――を振りかえることができました。

 今回改めて聞いて印象に残ったのは、川本先生が、人形アニメーションも操演人形劇も出来る、希有な存在であるということ。私は最初に出会った人形劇作家が川本先生だったので、後で「あ、他のひとって両方出来ないんだ!」と驚いたのですが(^^;)、今思うと、本当に凄い先生に人形を作っていただいたんだなあ…………。

 もうひとつは、人形というものの本質について。人形と人間とは全く別個の存在であり、人間が演じるべきお話しと、人形が演じるべきお話しは全く違う。そして人形が演じるということのキーワードは「典型化」。
 典型を演じるにふさわしいのは、神と人の中間にある存在、憑代としての存在である人形こそである。このお話しは、川本先生のさまざまなインタビューや記事に載っていますが、そのまま私の演劇観、人形観の基本となっていますが(もっとも、正確に言えばそのままではなく、理解が不十分な分だけ目減りしていますが……)、この人形の本質について、じっくり復習してきました。
 かすかな命で生まれ、演じている間命を燃やし、演じ終わるとまたかすかな命に戻る。そういう存在である人形について、あらためて思いを致しました。

 後の私は、三国志好き、歴史好きの方が昂じてしまい、お約束通り史実に拘るうるさ屋になってしまったのですが(最近、ようやくその過剰な拘りが少しほぐれてきたところですが……)、そんなうるさ屋になっていた間も、この人形劇が――史実拘り派から見たら、穴だらけ矛盾だらけのお話し――心からずっと好きでいるのは、それはやはり、川本先生の人形の芸術性の高さと(三国志とかと無関係に、世界レベルの芸術として勝てる!)、そして物語の「典型」が、まさしく中国や日本の伝統そのもの、私達のくにの歴史、文化にしっかりと根ざしているからなんだな、と改めて確認。

 あ、そうそう。こういうイベントがある度に、川本プロのスタッフの皆さんに、来たるべき大地震の時に、どうやって荀彧人形を持って避難するかという方法を聞いているのですが、今回は人形操演の方から、非常に参考になる意見を伺うことができました。時間に余裕のある時の避難態勢はほぼ整っているんですが、時間の無い時がまだいまひとつだったんで、そこをどうしようか悩んでいたのですが、人形を動かし、使いこなしている方からご意見をいただき、どこら辺までなら動かせるか、またどういう場面が危険であるか、いろいろと具体的にお話しが聞けて嬉しかったです。(自分としては、神奈川県が丸ごと水没でもしない限り対応できる、というぐらいの準備はしておきたいので……)











 余談。これは講座の内容ではなく、講座を聴いて、自分が勝手に思ったこと。
 呉ファンには、かなりむかっとくる話の可能性が高いんで、そういう話が嫌な方はブラウザバックお願いします。


 典型化について。三国志演義の中で、最も典型化の完成度が高い人物像のひとつは関羽であり、人形劇三国志はその典型化としての関羽像が、更に完成度を高めている、と思うんですよ。
 ……その典型化の極み、「人形として一番良い出来」である関羽の「敵役」という意味で考えた場合、あの人形劇の呂蒙は、あれはあれで、ものすごく完成度の高い典型像だと思っています。
 作劇において「善」と「悪」ってのは、合わせ鏡なんですよ。どっちかのパワーが不足していると、その弱い方にひきずられてしまい、インパクトが弱まってしまう。
 あれだけ完成度の高い関羽の持つパワーを損なうことなく、むしろその魅力を最大限に引き出そうと思ったら、生半可な敵役じゃ駄目で、徹底的な悪でなければならない。
 そういう敵役として考えた場合、あの人形劇の呂蒙は、ものすごく高い完成度を持っていると思うし(それこそ関羽と同レベルに!)、そういう目線で見た場合、もっと評価して良いんじゃないかあな……と、思っていたりします。

 念の為書き添えますと、あの呂蒙像が史実とは大違いってことは、百も千も万も承知しております。今の話は、あくまでも、エンターテイメントということで、史実うんぬんとすっぱり切り離して考えた場合、の話です。

 ……まあ、史実で直接呂蒙を好きになった人や、他の呂蒙がイケメン良い子ちゃんな作品でファンになった人には、とうてい受け入れられない感覚だと思うし(あ、ツイッターでのフォロワーの皆様、もし「こんな人をフォローしてらんない!」と思ったら、マジで遠慮無くブロックしてくれて構いませんので!ほんとマジで。)、実際私も、荀彧がイケメンで無いだけで、その作品にアレルギーを起こしているので、こんなことを言えた立場じゃないんですが(^^;)。ファンの人すみません。気に触った時は、「歴史を無視してる与太話」と思ってスルーお願いいたします。


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